最近、じゃないのかもしれないけど吉本の芸人たちが、男性のことを「ブス」って言うのに
違和感があります。男女平等なんでしょうか。
なんとなく「ブス」って女性のための言葉であるような気がします。
男性は「ブサイク」の方がしっくりくる。
「ブサイク」は漢字にすると「不細工」でしょうけど、「ブス」は漢字にすると「醜女」とか
あてられることが多いですね。
「不細工」は顔の作りとか見た目の不出来だけを揶揄していますけど、
「ブス」は性格とか品性とか表情とか広義に解釈した醜さですからね。
厳しくも温かい表現だと思います。


そんなことはさておき、東京ラブストーリーをGEOで借りて全話見ました。
最終回の泣ける破壊力たるや想像の域を超えていて、こんなに瑞々しい涙を
振り絞ったのは「トイストーリー3」以来でした。
ラストどうなるかわかってるのに涙。やっぱりこうなるのかでまた涙。
何がそんなに泣けるんだかわからないんですけれど、要は東京ラブストーリーって
何を描いているのかというと「恋愛における人生の〈夏〉」なんですよね。
私の大好きな『500日のサマー』に通じるところがあるなぁと思いました。
「夏」というモチーフには弱いです。

人は誰しも夏を経験して秋へとたどり着く。
桑田やサザンの曲がなぜ万人の胸を切なく締め付けるのかって、
いろんな意味でのやはり「夏」を詠っているからなんですよ。
必ず過ぎ行く夏。一度きりの夏。いわばカンチにとってリカとの恋は通過儀礼
「イニシエーションラブ」だったんですよね。
必ず通過して、失わなくてはならない対象なんです。
数年後、自信をつけて24時間闘えそうなビジネスマンへと成長したカンチに、
「今なら赤名とつりあったかもな」と言われたりいていることがそれを物語っていますね。
あと恋愛のことしか頭になさそうな当時のドラマの造りが不思議な純粋さでもって
訴えてくるところもあるかもしれないですね。学園ものみたいなまっすぐな力です。

カンチは優しいだけじゃない強い男になって、いい子ちゃんだった有森ははじめて
他人から幸せを奪うということで自己表現をし、ふらついていた江口は一途な男へと変貌し、
チーム愛媛がみんなそれぞれ成長したのですから、リカも重すぎる女を卒業してくれたらいいのにな。

101回目のプロポーズの次は東京ラブストーリーの再放送がはじまりました。
さすがに私もリアルタイムでの記憶はほとんどありませんよ。
でもあまりにも有名なこのドラマ。

赤名リカがプッツンであること。
□□□□しよっとか言うこと。
電池が切れたり元気力発電ができなくなったりすること。
有森也美が日本中の女を敵に回したこと。
最後、カンチとリカは結ばれないこと。

くらいはなんとなく知っていました。
でもですね。長い間私は、東京ラブストーリーについて思い違いを
していたことに気づきました。
私が思っていた東京ラブストーリーは、赤名リカという台風のような、
プッツンでありながら、積極的で魅力的な一人の女性に出会い、
心を奪われ強烈な恋愛期間を送るけれども、
やはり激しい恋ほど短命に終わり、最終的には地味だけれども
居心地のいい有森みたいなのと結婚しましとさ。
でもカンチの中に永遠に赤名リカというファムファタルが
美しい思い出のまま生き続ける…
というものでした。

だからリカのこともあんまりいいイメージ持ってなかったですし
メンヘラ被害にあった人の話、みたいに思ってたんですよね。

でも大きな思い違い。

それは、カンチにとって最初のファムファタルは有森也美だったということ。
なんせ高校だか中学だかの頃からの永遠の憧れの女性、初恋のマドンナが
有森だったんです。この事実を知らんかった!!
こうなると、カンチを巡る二人の「運命の女」の解釈はだいぶ変わってきます。
カンチにとって、元々の忘れられない女性は有森だったんですよ。
リカの方が後からやってきた交通事故みたいなもんなんです。


最初から結ばれるはずの男女の間に、ちょっと気の迷いでしばらく
派手な女に振り回されるけれど最後には収まるところに収まる、ただそれだけの話。
なのになぜ当時の視聴者は有森にカミソリを送り、赤名リカというポっと出の
存在にこれほど感情移入したのでしょうか。
有森はそりゃあ視聴者から脅迫状届くよって納得できるくらい
とにかくもう腹黒いキャラですから、ズルいやり方でカンチを略奪します。
でも結婚して奥さんになりたい女なんてみんなこれくらいの計算高さを
持ってますよね?そうじゃないと、リカみたいな負け犬になっちゃう。
カンチはそれにまんまと嵌ってしまうわけなんですが、自分の初恋の
女性と結ばれることはカンチにとってはこの上ない幸せのはずなんです。

 
はたしてカンチは不幸なのでしょうか、幸せなのでしょうか。
それがわからないところがこのドラマの深さだと思います。


対照的にもう一人、学生時代からの腐れ縁、ヤリチン医学生の
江口洋介がいます。有森は江口のことが昔から好きだったんですね。
江口も有森のことが好きだった。二人は一度付き合いますがうまく
いきませんでした。江口はその後、初恋の女有森のことは吹っ切って、
というか「卒業」して自分にふさわしい相手(千堂あきほ)で手を打ちます。
有森も心のどこかでは江口を引きずっているけれど、女は愛されるのが
幸せとばかりに従順な下僕になりそうなカンチの元へ。

・初恋が実らなかった江口・有森
・初恋が実ってしまった(初恋から卒業できなかった)カンチ

一体どっちが勝ち組なのか。
そのグズグズしたしがらみから最後までたった一人、解き放たれた存在であるリカ。
これはリカ以外の愛媛連中の「成長物語」なんですね。
苦手だったリカが、今では好きになりました。だってリカ、ええ子だもん。
もしも東京ラブストーリーをリメイクするとなったら、カンチは
小出恵介あたりができそうだけど、リカ役をできる女優はなかなか
いないんじゃないでしょうか。
保奈美はプッツンだけどバカに見えない絶妙さですから、吉高や
上野樹里じゃただのバカになっちゃうし…


こんな感じでまだ3話しか放送されてないのに一人で盛り上がっています。
3話で秀逸だったのは、自分のカンチを「スキ」だという気持ちを
全く疑わないリカに対して、有森は「あなたのこと私…好きになってもいいの?」と
言うんですよね。この強かさ!いやほんとに頭が下がりますよ。

 高岡蒼佑が男らしくなさすぎて逆にかっこよく思えてきました。

「岡田だけなら苦労はないですね」
とか言っちゃってるし。岡田呼ばわり。
彼は「おもしろかわいそう」というニュージャンルを
作りましたね。プッツンしちゃった女優・俳優いっぱいいますけど
「おもしろい」か「かわいそう」のどっちかにしかならなかったけど
高岡さんは両方持ってるところがすごい。

私もアース ミュージック&エコロジーやウーロン茶のCMには
モヤっとしますよ。
ぶっ壊れ続けているのは高岡の方であって、あおいちゃんは
ぶっ壊れる気なんて全くなさそうです。
ビッチでもビッチに見えない可愛さが罪な女ですよね。
二股でも不倫でも略奪でも可愛いあおいちゃん。
男の浮気は男のせい。女の浮気も男のせい。
無視を決め込んで、CMのイメージだけでいけばいつかは
みんなが許してくれるでしょう。だから大丈夫。

ここに来て前髪を作ったところに計算を感じる。


私は「さんかく」を見て以来、高岡蒼佑はいい役者なんじゃないかと
思っているのです。少なくとも岡田准一よりはずっと。
上手いとか下手じゃなくて、あんなに全身で役に向かってる人って
若い俳優では他にあまり見当たらない気がするんです。
多分バカだからだと思うんですが。
あんなにどうでもいい『ルーキーズ』でさえも、高岡蒼佑の役だけは
なんだか本当に野球が好きな奴に見えたし。
誰かいい監督やプロデューサーに役者としての道を開いてもらえないかなと願っています。
そして仕事で見返してもらいたい。

がんばって!!

 BSで『101回目のプロポーズ』と『結婚できない男』が連続で再放送しています。
月曜日は結婚できない日!

小学校のとき、見ていた記憶はあるんですが脚本が野島のしんちゃんだったことに驚き。
面白しろいんですけど、無茶がある、かなり強引。今みたいにリアリティからは程遠い話の流れ
なんですが、そのリアリティのなさもなぜか偽善には見えないある種の純粋さがこの時代の
特徴なのかもしれませんね。
トレンディドラマの定石、「新しい恋がうまくいきそうなときに、突然死んだ恋人に生き写しの
人物が現れる」とかありますけどね。
家政婦のミタの異常なヒットを見ても、今は偽悪をやってもそれを「リアル」と
受け取られてしまうあたり、世知辛いなぁと思います。


ドラマの中でもすでに「お見合い」が「イマドキお見合いなんて」とオワコンとして描かれているのに
20年以上経った今でもお見合いは身の回りに多発しています。
自分含めお見合いの経験のある人、実際にそれで結婚した人もたくさんいますが、
そのお相手はほとんどが東大出身者だとか国家公務員だとかお家柄がんまあ!だったりと
そんな人ばっかりで、単純ににそういう方達はまじめで縁遠くなってしまうからなんだと
思ってたんですが、お見合いの世界では男性はなんかしらそういった強みがないと
お見合いの土俵にもあがらせてもらえないという暗黙のルールがあるんですね!
女は一応性別が女であれば家事手伝いのただの人でももったいぶりつつ
お見合いに出向くこともできるのに、なんだか男性が気の毒になってきました。


しかしまあモノは考えようで、この前読んだ穂村弘の女々しい女々しい
エッセイ本の中に「男は勉強や仕事や才能や、いろんな種目で勝負することが
できるが、女子は『女子』という種目でしか恋愛の運動会に出場することが
できないのではないか」みたいなことを書いていましたので、
どっちがいいのか悪いのかはよくわかりません。
私の強み(?)があるとしても、それはきっと身上書には書けないことですから
お相手にもきっと身上書に載っていないいいところはたくさんあるのでしょうけどね。

何が言いたいのかというと、『101回目のプロポーズ』の武田鉄矢は
金もなければ見た目も悪くて年とってて性格もいいわけではなくて
ただ「ぼくは死なない」という強みだけで、この先どうやって下克上していくのか皆目検討つきません。

家用メガネがどこかへ旅に出てしまい、JINSでメガネを作りました。


今度は家用だけじゃなくて、外でも使えるようなフレームで、写真のような
アラレメガネにしました。
メガネ選びの基本は丸には四角、四角には丸、だそうで、私は面長男顔なので
ボストン型がいいそう(ってインターネットに書いてた)。
縦幅があるので顔が短く感じる!これならメガネをかけても香山リカみたいって
言われないかも!

いやしかし、コンタクトもメガネも一昔前は高級品でしたが、このメガネも
7990円だったし(薄型レンズ込み)コンタクトは一ヶ月使い捨てタイプで
一箱300円くらいで買っています。そのうちレーシックもプチ整形感覚で
できるようにならないかな。



あいら〜ぶ 天神 あいが〜ん

それで新しいメガネを作ってしばらくしたら、旅に出てた前のメガネが
ひょっこり帰ってきたりしてね。


京都に旅行していたI子さんから写真を送ってもらいました。
フリップスライダーを取り扱っていただいて3年近くになるガケ書房さんの
店内の様子です。
掲載は自粛しますが、うわっほんとに置いてあるーと衝撃でした。
実はずっと遠距離の取引のため、実際の様子は知らなかったので。
なかなか目立つ場所に置いてもらっているようで恐縮です。
3年くらい経つのに売上も全然落ちないし、なんだか信じられないです。
ありがたいです。
なんで私みたいなもんでもガケ書房では売上が落ちないのか、それは
常に人が入れ替わる最強観光地だからという点なんでしょうか。
都内では結構人の入るお店でも、最初だけバッと売れて、後は尻すぼんで
いくのが常なのですが。
どんどん新作を追加すりゃいいんでしょうけど、大概同じ店に来る人口の
中で、私の作品を買うような人の数は決まっているのでしょうね。
ずっと売れ続けるためには、道の駅みたいな場所が向いているのかもしれません。
つべこべ言わずに新作描けばいいのか…


私の京都への歪んだ感情…
よく、いくつになっても「畏れ」を抱ける人を持っていること、とかなんとか
言いますが47都道府県の中で「畏れ」に近い感情を抱くのは
京都だけではないかと思います。
世界規模だとパリね。

何かというと京都京都とキャピキャピする女子はこの「畏れ」を
全く感じていないからなんじゃないかと思います。
抹茶スイーツとはんなりだけじゃないのに。
京都はこわーいとこだというのに。

最近、マッキントッシュフィロソフィーに片思い中で、
セールで一着だけ購入しました。
http://www.mackintosh-philosophy.com/ 


※こちらは春のイメージです。
英国の気品漂いながらも素材や色に遊びがあってステキです。
メンズはおぎやはぎ小木に似合いそうなイメージ。

これまで洋服はアウトレットやセールのときに、まぐろ漁のように
手当たり次第に安物を買って、そういうのはやっぱり気に入らなかったり
すぐダメになってしまったり、手入れもめんどくさいので(ひどい)
ワンシーズンで妹にあげてしまったり、す、捨ててしまったりと
服が女だったら刺されていそうな扱いをしてきた私でした。

間に合わせの安物流行服は思い入れもないのでそうなってしまうんで、
今年は「なるべく」(やはりアウトレットは大好きです)一ヶ月に一着でもいいから
本当に気に入ったいいものを買い、長く使うようにしていこうと思います。
なるべく。



ところで、今日ロンハーのおしゃれ対決を見ていて思いましたがRIKACOだの
辺見えみりだの、雑誌から出てきただけセンスの奴らがそれは違うだ、おかしいだのと。
またみんな大好きサエコやデスブログの人など、どうでもいいタレントほど
スタイルブックを続々出しててまたそれを買うオンナノコたちもいっぱいいるわけですが
オシャレで、可愛ければ中身のない、ないだけならまだしも中身がよろしくない
タレントでも憧れて真似しようとする人たちがいるもんなんですよね。
真似しやすいからいいのかもしれませんが。

尊敬するミッツ・マングローブさんは「芸能人はもっと夢のある格好をすべき、昔の
芸能人はそうだった。今はみんな無難なリアルクローズみたいでしょ?」と
おっしゃっていて、ご自分は常にテーマを決めて、一癖ある衣装を選んでいるそうです。
芸能人だったら、「こんな服、どこで売ってんだろう」って思わせてほしいですよね。

海外セレブなら、おなじみキルスティン・ダンスト、センスもサラブレッドのソフィア・コッポラ、
最近めっきりムチムチしてきたクロエ・モレッツあたりが目の保養にいいですね。






AKBの高橋みなみも変なこだわりとかがもうちょっといい方向へいけばとても面白いのにと思います。



 ニコニコミュージカル『源氏物語』に招待していただき、見てきました。
何度か見ているニコミュですが、今回が一番おもしろかった!
紫式部は腐女子だった、という解釈がおもしろく、大いに笑いました。
源氏物語にも忠実に描かれているそうで、瀬戸内寂チョーを招待しても
よかったんじゃないかと思います。

パンフレットに、YES・NOチャートであなたはどのタイプ?というのがあって
やってみたら、末摘花!!!ショック!!!
末摘花はブサイクだけど、案外さっぱりしていて、他の重い・暗い・激しい女たちよりは
いいのかもしれませんけどね。



話は変わり、以前海賊版の字幕なしで見て、いまいち理解できなかった
『クローサー』をもう一度見てみました。
こちらも元々は舞台だったというだけあって、世界が4人しかいなかったら、状態の
せまい世界ですったもんだするお話でした。

外人はいい感じになると初対面でもすぐキスしたりして、ウソだろと思いました。
出てくる4人の男女が全員恋愛体質すぎて、いつ仕事しているのか不思議です。
でも誰も幸せにならない結末がいい気味で面白かったです。
結局すぐ恋に落ちることはできても、愛情を育んでいく力があるかは全然別問題なんですね。
それはこの前の『さんかく』を見ても思ったことです。

テーマとしては「男女の浮気感の違い」なのですが、よく言われる「男の浮気は男のせい。
女の浮気も男のせい」という格言がぴったりあてはまっていましたね。
『クローサー』では、男の浮気は許されるけれど、男性は一度でも浮気をした女性のことは
二度と同じようには愛せないようでした。
女性は浮気をしてしまったらお・し・ま・いということです。
源氏物語でも、光源氏の浮気性は許されてる前提で進んでいますしね。
以前テレビでやっていたMINMIとMEGUMIと鈴木サリナがトークする番組で
3人が口を揃えて「一途になりすぎてカッコわるくなっちゃうよりは浮気されてもモテるダンナの方が
いいよねー」「ねー」なんて白々しい会話をしていましたけど、ウソだろと思いました。
カッコよければ浮気されてもいいなんて言いつつ、発狂してきたんですから女は。
源氏物語の頃からね。

しかし今思えば、光GENJIっていうグループ名はセクシーゾーンよりかぶいている。

 リチャード・ブローティガンの『西瓜糖の日々』と、リディア・デイビスの『ほとんど記憶のない女』を読みました、

どちらもめちゃくちゃ自由な短編文学で、読んでるとアタマが変になってきそうでした。

ブローティガンはエロゲー要素のない村上春樹そのもので、より俗っぽさを廃した
詩のような文体で語り口なんかはそっくり。
あと読み終わったあとなんとも言えない喪失感に襲われるところとか。
どこがなにがそんなに春樹なのか考えてみると、両方「すでにそこにないもの」について
書いているところが似ているのですね。
失われたもの、消えてしまったもの、どこかへ行ってしまったもの、もうここにはないもの。

『西瓜糖の日々』ではあの世みたいな世界で、かつて恋人だった二人が他好きして別れて、
女の方がストーカーになって、男は新しい女とイチャこいている日常が描かれていました。
虎が算数の宿題を手伝ってくれたりもします。

確かに何かが手元からなくなっていて、でもそれがなんだったのかも思い出せない、そんな気持ちになる小説でした。



リディア・デイビスの方はもっと笑える感じで、皮肉や自虐交じりの独女が書いた詩のような
短編集です。『ほとんど記憶のない女』という本には50くらいの短編が収まっています。
トイレで読むのにいいかもしれません。
今月は演劇を立て続けに見ました。

一つは友達の形状不明が多いに関わったニコニコミュージカル『カンタレラ』。
ニコニコは見ますが、ニコニコミュージカルという文化もボーカロイドや
歌い手さんというのも全然知らんかったなー。
演者はテニミュなど出身の俳優さんと、ほぼ素人みたいなニコニコ歌い手さんとの半々。
自宅のパソコンの前で歌ってた人がこんな舞台に立つことになるなんて『さや侍』並ですね。
『カンタレラ』という毒薬を巡った中世ヨーロッパを舞台にしたお話で、
いろんな意味でヒヤヒヤするようなところもありましたが、見終わった後演じてる人や
曲についていろいろ調べたくなる不思議な愛着のわく舞台でした。
まだまだ未完成なところがあるけれど、劇団四季なんか見るよりはよっぽど面白いと思います。
役者さんの中で見た瞬間かっこいいと思った人が一人いて、お!と思ったのですが、
帰ってからググって見るとブログがチャラそうで一気に冷めました。
でも、演技で全く違うキャラに見せられるというのはすごいことかな。

形状不明はこの度、この『カンタレラ』でラノベ作家デビューするそうです。


もう一つはうちの会社でアルバイトしつつ女優業をやっているHさんの舞台。


『青山君よ、家が明けたら夜へ帰ろう』を下北沢で。大学の頃、友達に連れられて
こういう小劇団の公演を何度か見ましたが、独特のノリ、内輪ネタ、ざわざわ下北沢な雰囲気が
アーバンでソフィスティスケイトな私にはどうにも合わず、すすんで観ようとは思いませんが、
しかし今回はHさんがヒロインとあって。
Hさんは普段はしっかりお仕事する可愛らしい女性なのですが、舞台の上ではパワフル!
そしてコケティッシュ!

タイトルを見て感じるとおり、もろ森見登美彦を連想させる世界観。
WとかTとかKのつく大学に三浪くらいして入った四畳半に住む童貞臭さの抜けない
ダメ(自称)モラトリアム男たちの憧れの的(森見風にいうと黒髪の乙女ね)がHさんでした。
小柄で華奢なHさんの妖精っぽさや少女っぽさ、完璧モテ子ぶりがいかんなく発揮されていて適役でした。
 

主人公のモラトリアム童貞青山くんは、学園のアイドルHさんに想いを寄せてるのですが、
ラスト、Hさん演じる黒髪乙女は散々気をもたせた挙句、実に残酷にあっさり青山くんを
フるところがなかなかよかったです。忍法手のひら返し。

このまま最後まで森見のままだったらどうしてくれようと思っていましたが、
あくまでもHさんは「天使の顔したビッチ」であり、永遠に夢見る童貞くんたちのアイコンでしかないところが
描かれていてよかった。
本当に女に恨みがないとこういう終わり方にはできないと思います。

舞台後、Hさんを出待ちし差し入れなどを渡して少し話していたのですが、
その間じーっと我々を恨めしそうに見つめている男性の影…。
我々が立ち去ろうとした瞬間その男はHさんに近づき手紙を渡していました。
熱烈なファン?!
舞台を見ることはあんまりないのですが、映画と違って役者への親近感や
移入のレベルが全然違いますよね。

ホルモンを食べて帰りました。
 震災から5ヶ月。
テレビも取材期間を充分にとって、力の入ったものを放送するようになりました。
立ち直っていく人々のたくましい姿、気丈な受け答えには驚かされます。
私なんて猫が死んでも(しかも老衰で)絶望しそうな予感なのに、
家族や友人・恋人を一気に失うなんて本当に想像を絶することだと思います。

前の日記でくらもちふさこを紹介しましたが、昨日たまたま大島弓子の90年頃の短編集を読み返していたら、
またまた隣人が引くくらい本意気で号泣してしまいました。息が吸えなくなって最後の方えづくくらいに。


特に「庭はみどり川はブルー」という短編は、ある日突然奥さんが死んでしまって、
残された子どもの一人にその魂が宿り、旦那さんや子どもたちを見守っているというストーリー。
(あれ?広末の演った「秘密」に似てるって?あれはパクりだ!)

奥さんは一番上の女の子に憑依して、今までのように旦那さんや子どもの世話を焼こうと
するのだけど上手くいかない。むしろしっちゃかめっちゃかになっていく。
今まで自然であったこと、自分がいてみんながいる、それがだんだんと不自然になっていくのを
実感させられてしまう。
生きている人たちが前を向いて動き出したとき、長女の中にいる奥さんの魂が本当の気持ちを訴えるのです。
「見守ってなんかいない 執着してるの わたしはここにずっといたいの ここで花を育てたいの あなたと一緒にいたいの」と。
もうね、どんだけ泣かすねんと。殺す気か!ほんとに私は大島弓子って、日本が生んだ最高の宝だと
思うんですがどうでしょう。大島さんは死者もけして美化しない。自分がもし大切な人たちを残して
先立たねばならなかったとして、「早く私を忘れて前を向いてね☆ドンマイ!」と言えるだろうか、心から。
家族、とりわけ旦那さんが立ち直っていくことに(後に旦那さんは再婚)女としては
言い知れない切なさがありますね。


死んでいった人のことは少しずつ忘れなくちゃいけない。
人間は前にしか進めない。それはすごくいいことでもあるけれどでも、
前にしか進めないことの哀しさもあるよね。
震災後、なんとか希望を見つけて前向きに生きていこうとする被災者の人たちの姿を見ると、
この作品のことを少しだけ思い出してしまいます。