花散らしの風が吹き荒れまくった日の翌日、
「ハラドキュメンツ 10」開催中の原美術館に
行ってきました。

この展示のメインは佐藤 雅晴さんというアーティストの
映像作品です。これがとてもおもしろくて、実際の街の景色を
定点で撮影した映像に、一部分だけをトレースした
アニメーションにしているのです。

渋谷のスクランブル交差点を何人かアニメーションの人間が通り過ぎたり
実写の人間がアニメーションの柴犬を散歩させていたりと、現実と虚構が
わけわかんない感じになる、とても静かで、少し不気味な作品でした。
ギャラリーで自動演奏されているドビュッシーの月の光も、うららかな春の午後の
原美術館にぴったりでした。


ハラドキュメンツではそれだけではなく、工場の写真を撮り続けている
ベルント&ヒラ ベッヒャー(ヨダレが飛びました)などいい感じの作品が
展示されています。
中でもアートという点ではどうかわかりませんが、おもしろかったのが
パリの女性アーティスト、ソフィ・カルによる 「限局性激痛」 という
作品です。
これは彼女自身が大失恋を経験し、それを3か月の間毎日のように出会った人に
話して、相手からも一番辛い経験を聞くという構成になっています。
ソフィ側はずっと同じ話を繰り返すのですが、その文章が黒い布に白い糸で
刺繍されていて、タペストリーのようにずらーっと飾られています。
最初は好きな男性に一方的にフラれてしまった出来事を、悲劇味たっぷりに
長々と語っているのですが、段々と内容は投げやりなものになっていき、
文章は短くなっていき、それにつれて刺繍糸の色が濃くなって黒い布に
同化していきます。
最初は未練を感じていた相手の男性にも怒りや軽蔑が表れはじめ、
彼女が少しずつ立ち直っていっていることが見て分かります。


私はかねてから失恋からの立ち直りに際し相手への気持ちの変化は
男性と女性ではまるっきり逆だと思っていました。

・女性は相手の不幸を願えるようになったら吹っ切れた証拠
・男性は相手の幸せを願えるようになったら吹っ切れた証拠

ということです。この作家は女性なので、やはり自分にとって
完璧な相手であった恋人が、ズルい男らしくない奴だった、
ほんとにムカつくわ、もういいわあんな奴、と心境を変化させています。
これが非常に女性的。
一方もし作者が男性であったなら、最初の方は「俺をこんな目に
合わせるなんてなんてひどい女だ、どうしてくれよう」という
気持であっても、最後は「まあどこかで元気でいてくれや」で
終わるんじゃないでしょうか。

よく彼氏が前の彼女のことをよく言っている(優しかったとか)のを
聞いて「まだ好きなのかしら、キー!」となる女性がいるかもしれませんが
それは違います。彼女の現在の幸せを願っているなら、本当にどうでもいい
存在になっているということです。逆にビッチだったとかひどい女だったとか
言っている方がまだ未練があります。
女性の場合は「彼ってダメな人だったけど優しいところもあってね」とか
「今なら許してあげる」とか言ってるうちはまだ忘れていません。
「プレゼントのセンス最悪だったわ」とか「3000円返してもらってないわ」とか
ディスっていればもう過去の人。
この持論は学会で発表してもいいくらいです。

ソフィ・カルの作品、ぜひ男性バージョンも観てみたかったですね。

 「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」
会期 2016年1月23日[土] ― 5月8日[日]
会場 原美術館 ギャラリーI、II、他
ギャラリーIII、IV、V、他にて 
「原美術館コレクション展:トレース」(ソフィ カル、森村泰昌、ベルント&ヒラ ベッヒャー、他)を併催


 
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コメント
>ソフィ・カルによる 「限局性激痛」
以前、群馬のハラミュージアムアークで見ました。あれ面白いですよね。だんだん投げやりになって、細かいこととかは言わなくなって、自分のことなのに人ごとみたいになっていくのがリアルでした。あと「この人、日本にいい印象ないんだろうな」って感じました。日本語でミッチリ刺繍された恨み言がなんともはや。
ご覧になってましたか!実際はもう一部?あるんですよね。しつこいですよね。
日本になんか来なけりゃフラれなかったのにという気持ちがビンビン伝わってきましたよね。
皮膚が爪に食い込んだことをくどくど書いてましたけど。
男のウソが分かってから一気に冷却しましたよね。
  • by tamax
  • 2016/04/23 10:06 PM
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