会社のとある上司(40代男性)が、スマフォとか使いこなしてる
イマドキの中年なんですが、ネットで見たことあるネタを
自慢げに披露してきて、その度に「あぁそれ・・・」と
思ってしまいます。
最近だと例えば「松岡修造が日本に帰ってきたから気温が上がったんだよ」みたいな。
あぁ、それ昨日まとめサイトで読みました、とは言えないんですが。

私が大学生くらいの頃までは、インターネットはそれなりに学もあり、センスもあり、経済力も
ある人種の高尚な趣味の域で、そのへんのフツーの人達はまだまだちょっと調べ物をしたいときに
どっかの公用のパソコンで人差し指で検索!程度の世界でしたよね。
昔は2ちゃんねるももっと個人的に掘り下げて、自分はこのスレを追っかけて情報を得ているんだって
気概がありましたし、もっと情報も複雑でしたけど、今はめんどくさいからまとめサイトです。

今みたいにみんながみんなネット(というかスマフォ)するようになってしまった状況だと
もうほとんどのネタは誰もが知っていると思った方がいいです。
ただ比較的最近、スマフォを持ちはじめてからネット見るようになったという人ほど
こういう感覚や、ネットに落ちてる情報を軽視する傾向があり、
上記の上司のように自分が見つけた楽しいネタと勘違いしてしまいがちな気がします。
そういう意味では無数に簡単にネタが手に入る時代ではありますが、手垢のついていない
オリジナリティのあるネタはもう自分で一生懸命クリエイトしないといけないし、
せっかくクリエイトしても、あっさりとフリー素材化してしまうということです。

最近私の個人的なtwitterで、何気なくつぶやいた以下のツイートが、1万近くもRTされました。

こんなことははじめてだったんですが、さらにちょっと調べてみると、私のこの↑ツイートの
言い回しだけちょっと変えて自分のツイートとして発信している人も何人かいたんです。
おお!これがパクツイというやつかと驚きました。
これ私のじゃん!パクんなよ!という怒りよりは、自分の発した言葉がフリー素材化した瞬間を
見たような不思議な感覚になりました。
しかもこんなにたくさんの人が私の名前や言葉を見たはずなのに、パラパラの売上につながったり
することは全くありませんでした。

考えてみると、このように大量にRTされたり、パクられたりするネタは別に私が言わなくても
いいような汎用性が高い、要は大したことじゃないってことですね。
本当にリツイートされてほしい心のこもったツイートはせいぜい1人か2人にしかリツイートされませんが
それはより個人の色が入り込んでしまっているからなんでしょうね。

最近通勤の電車で行きも帰りも編み物をしているおじさんによく出くわします。
座ってても立っててもポーチの中から器用に毛糸を繰り出して何やらいそいそ編んでいます。
しかも棒針。マフラーほどの大作じゃないので何かのケースかなと思うのですが
何回か遭遇してますけど全然完成形が見えてきません。
もしかすると完成なんてないのかもしれません。

そのおじさんの周りは混雑していても気持ち空間があって、みんな見ないふりをしつつ
チラチラ見ているんですが、私は神妙な顔してスマフォやタブレットでエロサイトや
くだらないゲームに没頭している大人より、編み物をしているおじさんの方が
ずっと好感が持てます。


 
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