手前味噌な話です。

私の祖父は飛騨高山でグラフィックデザイナーを生業にしているのですが
その仕事の集大成である作品集が5年の歳月をかけてついに完成したので
ご紹介いたします。

 『玉賢三の仕事』¥3000






当然のことがながら手仕事の時代です。
フォントだって一字一字手で描いてました。
ポスター、ロゴマーク、包装紙など幅は多岐に渡りますが
文字・色彩・構図・絵、すべてが完成されている
完璧な仕事です。デザイナーとして超一流です。
地方にいながら、当時の日宣美の会員にもなっています。

やっぱりそういう時代の作品て緊張感がありますね。
あとに引けない感じ。
祖父のエピソードとしておもしろいのは、戦時中徴兵のテストで
1分間に田んぼの「田」をどれだけ多く書けるかみたいな問題で
みんな急いでたくさん殴り書いている中、祖父だけは全部が揃った
完璧な「田」を丁寧に丁寧に書いているので、徴兵されなかったという話。

でも、単に几帳面なだけの作家っていっぱいいると思うんですけど
祖父の場合は遊びがあるんですよ。
写真の4枚目にある祖父の家の2階のアトリエで、私は小さい頃よく
上がらせてもらって絵を習ってたんですけど、イミフなアジアの置物とか
集めていたのかガラスの小瓶とか、本とかむちゃくちゃいっぱいあるんですよ。
でもそれが不思議な均衡を保って並んでいるの。
作品にもそれが現れていて、サヴァン症候群みたいに上手すぎるんだけど
ちゃんと味があるんです。

先日のTOKYO ART BOOK FAIRとかいう痒いイベントを見たり、
自分に対しても戒めなきゃいけないなーと痛感したんですけど
ヘタウマとかいってみんな「味」に逃げるでしょ。
でも味って自分で名乗るものじゃないんですよ。精一杯自分なりに
「上手」に描いて結果それが他人から見て「味」になるんです。
「味」という言葉が少し拙いけど可愛げがあるものの形容に
使われることがほとんどですけど、本来は本当にすごい技術と
センスを磨いた人が到達した地点のことを「味」と言うべき
なんじゃないかなと思います。

いやはや。


 
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